日記

2012年11月 2日 (金)

夕日に沈む民主党政権

1029日、臨時国会が開催されました。

民主党の代表選挙を経て新体制ができてからすでに1ヶ月以上の時間が過ぎています。「なぜいままでぐずぐずしていたのか」という思いを拭うことができません。

 

臨時国会冒頭、衆議院で行われた野田首相の施政方針演説は驚くほど無内容なものでした。

具体的な政策に踏み込むことなく、党内の対立を避けるために表現をぼかし、美辞麗句の類いを連ね、挙げ句の果ては「夕日の美しさに感動」などと言い出すに至っては誰かが夜中に酔っぱらって書いたポエムとしか思えません。

現実のこの厳しい情勢を前にしてこのようなのんきなことを言えるというのは、己の責任を自覚していないからに違いありません。

参議院では問責決議を受け、その対応を取らないまま一切無視し続けているため、冒頭の施政方針演説さえできないという、極めて異例の事態になりました。

夕日とともに沈みつつあるのはまさに民主党そのものなのです。

 

「いたずらに政治空白を作ってはならない」といいますが、その政治空白を作っているのは、解散を恐れ、私利私欲で国民に信を問うことを先延ばしにしている野田首相と民主党議員たちです。

もはや野田内閣が居座る限り政治空白は続くということが分からないのでしょうか。

 

演説の中で野田首相は「明日への責任」ということを何度も繰り返しました。

民主党はこの3年間の失政と国民に対する裏切りによって、その「明日」が無いということがまだ分かっていないのでしょうか。分かっているからこそ最後まで議席にしがみつき、醜態を晒しても議員を続けたいと考えているのでしょう。

 

民主党の幹事長は日教組の出身ですが、組合にはにはサボタージュという戦術があります。何もしないことでこう着状態に持ち込み、権力側を困らせるというものですが、現在、権力の側にいるのは民主党自身です。

政治を進める責任がある側がサボタージュしているという喜劇のようなことが実際に起きています。国民に迷惑をかけ、「野党が協力しないからだ」などと責任を転嫁するのは完全な自己矛盾です。

まさか国政でそんなものが通用するなどと考えているとは信じられないのですが、「国民生活を人質に取っている」などと言っているのを見ると、子どもがだだをこねているように見えてなりません。

 

法案成立の環境を整えるのはあくまでも与党の責任です。「近いうち」といいながら衆議院の解散を先延ばしにする野田首相、法案成立のために何にもしない輿石幹事長。国民生活を人質に取って籠城でもするつもりでしょうか。

 

このままでは民主党は次の選挙で壊滅的な打撃を受け、二度と信頼を回復することはできないでしょう。

そのような状態に陥ることを少しでも防ぐには、これまでの国民に対する裏切りをわび、すみやかに信を問い直すことしか方法はありません。

 

 

2012年9月19日 (水)

中国の「反日」に報いるには

日本政府が尖閣列島を国有化したことについて、中国では大規模な反日運動が起きています。

 

中国全土で反日デモが起き、日本企業の工場や日本レストランが破壊され、日系のデパートでは商品が略奪されました。

当初は中国政府も黙認状態で官製デモの雰囲気もあったようですが、すぐにデモ隊は暴徒化し、政府は規制に乗り出していますが、デモ隊は「愛国無罪(愛国心から発した行動は何をしても無罪)」を盾にしてやりたい放題の状態のようです。

デモが暴徒化する背景には、現在の中国の貧富の格差や体制に対する不満などがあります。「反日」はいつ「反政府」に変わるかもしれないという危うさがあります。

 

日本製品のボイコットを容認するような政府高官の発言や、尖閣に向けて1000隻の漁船を出し、公船で護衛をするような強硬姿勢も、日本に対して弱腰な態度を見せたら、国民の「反日」があっという間に「反政府」に転換してしまうかもしれないという中国政府の怖れがあるからでしょう。

いまの中国政府には民衆を止める気はないし、またその力もありません。

 

日本政府の国有化のタイミングも最悪でした。

APEC(アジア太平洋経済協力会議)で、胡錦濤主席が野田佳彦首相に「国有化反対」を強く訴えたのは99日、そのわずか二日後の911日に野田首相は尖閣諸島を地権者から205千万円で買い取る閣議決定したのです。

 

野田首相としては、石原知事にこのまま買われては面目丸潰れになると考えたのかもしれません。さらに中国に対しても、「(東京都に買わせないで)国が買ってこのまま何も作りませんよ」というメッセージのつもりだったのでしょう。

しかし、国有化するというメッセージは中国政府に事前にきちんと伝えられていなかったようです。そのため、中国は激しく反発しました。

 

尖閣は日本の領土というのは自明のことなのですが、東京都が買うといっていたのですから、無理に横やりを入れず成り行きを見守っていればいいのに、人気取りなのかなんなのか、変な動きをして事態を悪化させてしまったのです。

 

 

今回中国人のデモ隊に襲われて被害を受けたパナソニックの関連工場は、小平氏に乞われて1989年に中国に進出した日本企業の先駆け的存在でした。

中国に進出した企業は、現地の安定的な雇用や環境への取り組み、奨学金の援助など、さまざまな形で中国に貢献し、根を張っていたのですが、そのような友好関係も今回の暴動で根こそぎ壊されてしまいました。

 

現地の日本人が危害を加えられたり、工場や店の打ち壊しにあったりしているという状況をこのまま見過ごすことはできません。

野田首相は、「中国で起きた破壊活動による損害は中国に責任がある」と言っていますが、言うだけで済ますことはできません。一体これだけ大きな被害が起きてその保証をどうするのか。「中国の責任だから日本政府は知りません」では済まない問題でしょう。

中国政府にきちんとした対応を求めるとともに、日本政府としても現地で被害にあった企業をどうサポートするか真剣に考えるべきでしょう。

 

報道では、中国は反日で燃え上がっているように伝えられていますが、この状況に批判的な中国の人々もいることを忘れてはいけません。

中国では他国の国旗を燃やしたり、つばを吐きかけたりするような侮辱的な行為を法律で禁じてはいないようですが(五星紅旗は別)、それでもそのようなことを「恥ずかしい」とネットで表明する人々は存在します。

また、「このような状態になっても日本に居る中国人が嫌がらせをされていないのは驚きだ」という書き込みもあったそうです。

反日デモで暴れたリ略奪をしている人々は、己の行為で中国という国の品位を汚し、中国がいかに未熟な国であるか、国の恥を世界中に発信しているのです。

まさに「愛国」の正反対に位置する所行です。

 

中国政府の発言や在留日本人に対する仕打ちに関する報道に接するたびに身内から震えるような怒りを感じます。

日本でも一部の人が怒りに任せて嫌がらせなどをしているようですが、むしろこんなときだからこそ日本に居る中国の人々に対して「寛容」を示すことが、最も痛烈な中国への批判になるのではないかと考えます。

国として、領土問題には厳しく対峙しながらも企業や個人間の友好のパイプは失わないようにしたいものです。

2012年7月13日 (金)

日本の無責任文化

大津市の中学2年生の男子生徒がいじめを苦にして自殺したとみられる事件で、警察がついに捜査に乗り出しました。

滋賀県警は11日の夜、大津市教育委員会と中学校に家宅捜索に入るとともに、校長や市教育委員会の担当者からも事情聴取を始めたそうです。

 

これまで学校はある種の聖域のような雰囲気があり、警察が入るということはタブーのようにされてきましたが、そのためにいじめの問題もきちんと事実が究明されることなく、うやむやのうちに真実が葬られてしまうことがありました。

 

今回の事件は、学校が行った2度目のアンケート結果を、亡くなった生徒の父兄に伝えないなど、学校と市教育委員会が事実を隠蔽しようとする態度があからさまだったため、警察も資料の任意提出では事実が掴めないと見て、家宅捜索に踏み切ったようです。

おそらく強制捜査などはないだろうと考えていた、学校や市教育委員会には衝撃だったでしょう。

このことが前例になって、学校側の隠蔽体質が少しでも改まるならいいことです。

 

もっとも警察もあまり偉そうなことは言えません。何しろこれまで亡くなった生徒の父兄の訴えを3度も断っていたことが分かっています。

今回操作に乗り出したのは、マスコミが騒ぎだしたからでしょう。

 

組織を守るために徹底的な原因究明はしない。

責任の所在も明らかにしないで、うやむやのうちに済ませてしまう。

このような体質は、日本の昔からの文化に根ざしたものなのでしょうか。

 

先日発表された国会事故調査委員会の報告書は、他の報告書よりも踏み込んだ内容のものでしたが、英語版の報告書が公開されると英米のメディアから批判が寄せられました。

批判は事故の責任が明確になっていないことについてです。

 

結局、誰がミスを犯したのかは特定されず、「集団主義が原因」、「根本原因は日本に染みついた習慣や文化にある」などと記したのは「責任逃れで陳腐な言い訳」だと批判されています。

イギリスのフィナンシャル・タイムズも、「文化によって行動が決まるのならば、誰も責任を取らなくてよい。問題は人がした選択であり、その文化的背景ではない」と言っています。

 

確かに、事故を起こした東電の勝俣元会長、清水元社長も何の訴追も受けていませんし、当時の首相も官房長官も何の責任も取らされていません。

今回の事故では多くの福島県民が安住の地を失い、過酷な避難生活をいまだに強いられています。警告の遅れにより被爆した人々もたくさんいます。さらには避難の際の長時間の移動などにより体力の弱いお年寄りなどが多数亡くなりました。

事故の拡大を防げなかったこと、事実の隠蔽により結果として避難が遅れ混乱を招いたこと。それらがもたらした結果について、誰が責任を負うべきかをはっきりさせるべきだというのが海外のメディアの主張でしょう。

 

東京電力は取り返しのつかない被害を与え、当時の政府はその被害を最小に食い止めることに失敗しました。

誰が何をしてどこで間違ったのか、その間違いがどのような影響を及ぼしたのか。きちんと解明することは今後、同じ過ちを二度と繰り返さないためにも必須のことです。

 

野田首相は、大飯原発の再稼働に当り、「私の責任で」と見栄を切りました。

しかし大飯の安全の見極めは不完全ですし、もし万一事故が起きた時の対策も万全ではありません。

また過酷事故が起きたら野田首相はどうやって責任を取れるというのでしょうか。もうすぐ民主党政権は消滅してしまうというのに責任など取りようがないではありませんか。

 

集団の中に責任をまぎれさせ、誰も責任を取らない日本の文化を変えていかなければなりません。

 

2012年7月 2日 (月)

民主政権の終わりの始まり

626日の衆議院本会議で、公明党を代表して社会保障と税の一体改革関連法案について賛成討論を行いました。

停滞する政治を前に進めるために修正協議を進め、結果としての賛成討論ではありますが、内容的にはこの3年近くの民主党政権を批判する厳しい内容が込められたものとなりました。

 

 

現在、世論を二分している消費税増税議論ですが、テレビ等のインタビューを見ても、増税に絶対反対というよりも、「増税の前にやることがあるだろう」、「民主党は4年間上げないと言ったのに」などの声が多く聞かれます。

 

確かに、世界に類を見ない高齢化社会を迎える我が国で、持続可能な社会保障を構築し、そのための財源を確保することは必要なことです。公明党も政権にあるときから、社会保障の充実のためにはある程度の増税もやむなしという立場をとってきました。

 

しかし、民主党は消費税の増税は行わないとマニフェストで明確に宣言し政権についたのですから、約束違反と非難されるのは当然のことでしょう。

その上、野田首相の言う“社会保障と税の一体改革”は社会保障の全体像は示されることがなく、単に消費税増税を先行するだけのものでした。

 

このままでは単なる増税になってしまうことを懸念した我々は、社会保障や景気対策など、増税とともに行うべき政策を明確にするべく、政府と協議することとしました。これが民主、自民、公明3党による修正協議です。

 

修正協議では、「増税実施の前にまず社会保障の全体像を示すこと」が決められ、それなしでは増税が実施できない仕組みにしました。社会保障の全体像は増税実施の前に明確にすることが法的に担保されたことになります。

また、防災減災のための公共工事をはじめとする景気経済対策を実施するなどデフレから脱却するための施策を行うこと、必要に応じて補正予算も組むことなどで合意しました。

 

 

消費税という制度は、所得の多い人からも少ない人からも徴収されるため、所得の低い人ほど負担が重くなる逆進性が問題となります。そのため、消費税増税を行うときは低所得者対策をしっかり行う必要があるのですが、この点も民主党政府案では何も考えられていませんでした。

修正案では増税の際には生活必需品などについては税率を低くするなどの複数税率や、所得の低い人々には給付付き税額控除を行うなど、低所得者対策の全体像を明確にするとしました。

 

これらの話し合いで、民主党から示された法案を増税先行ではない方向に修正できたと考え、我が党も賛成することとしました。

 

 

年金関連法案については、民主党は野党の時に「年金は破綻している」と主張していました。

そして最低補償年金の創設や国民年金も含めた年金一元化を実現するといっていましたが、結局は具体的な政策を示せないまま、現行の年金制度をベースとした改善案を提示してきました。

これまで公明党が主張してきた内容の丸呑みに近いものです。

 

子育て関連法案についても、幼保一体への取り組みは現行の認定子ども園の改正で十分に対応可能であるとの結論になりました。

市町村の保育の実施義務も我が党の主張通り、引き続き義務を担うように修正しました。

 

 

「社会保障と税の一体改革関連法案」は、結果として3党の修正協議によりかろうじて「単なる消費税増税」とはなりませんでしたが、3党で合意されてからも民主党内での内紛が続くという、普通では考えられない事態で進行しました。

野党が決めているのに与党内が定まらないという異常事態です。まさに「決められない政治」の元凶が民主党そのものにあるということがはっきりと露呈したといえるでしょう。

 

もはや民主党は党内の分裂で政党の体をなしていません。

政権担当能力を失った民主党は、一刻も早く国民の信を問うべきです。

賛成か反対か、次の選挙のことだけを考えて右往左往した民主党議員にはやがて国民から厳しい審判が下されるでしょう。

 

2012年5月 8日 (火)

「崖っぷち」で何を成すべきか

野田内閣の支持率が22.0%となり、政権発足後最低の数字を記録しました。不支持率は過去最高の60.8%。まさに崖っぷちに立たされている状況です。

支持率が急落した理由は、北朝鮮のミサイル発射に対する政府の対応のまずさや十分な説明もないまま、原発の再稼働や消費税増税、TPPに向かってしゃにむに進む野田首相への反発があると思われます。

 

「人工衛星」と称する北朝鮮のミサイル実験は、発射直後に空中分解するという結果で終わり、我が国に物理的な被害が及ぶことはありませんでした。

まさに不幸中の幸いでしたが、その一方で日本の危機に対応する能力が極めて低いことが知れ渡ってしまったのは大きなマイナスでした。

日本は北朝鮮のミサイルが10分程度で飛んでくる位置にあるにもかかわらず、それに対する備えがきちんとできていないという現状が明らかになってしまったのです。

 

政府はミサイル発射直後にすぐに警報を発することができませんでした。その理由は米韓の情報だけではなく、二重チェックする必要があったからだそうです。

韓国、米国が発した「ミサイル発射」の報を「確認せず」と打ち消すようなメッセージを流すありさまで、全国に瞬時に警報を発するはずの「Jアラート」もついに作動しないままでした。

 

国民は北朝鮮のミサイル発射をテレビで知ることなりました。

民主党政府が二重チェックにこだわり速報性を無視したのは、「国民に無用な混乱を与えないため」だったそうですが二重チェックをしている間にミサイルは頭の上に落ちてくるということに思い至らないのはどういう思考回路なのでしょう。

 

国民に知らせないというのは民主党の体質のようです。

昨年の福島原発事故の時も、同じような理由から国民に必要な情報を与えなかったのも民主党政府でした。

爆発直後にSPEEDIの放射能拡散予測を隠したのも、はっきりした根拠も示さず「ただちに健康に影響はない」と言い続けたのも、「無用な混乱を招かないため」という理由ゆえだったのでしょう。

それがいかに国民を信用していない行為か、そのために国民も正確な情報を出さない政府を信頼できなくなっているということに気がつかないのでしょうか。

 

22.0%という支持率は、昨年6月下旬の菅政権末期(23.0%)にも匹敵する低い支持率です。野田内閣が崖っぷちの危機にあるのは明白です。

 

野田首相は「消費税増税に政治生命をかける」と言っていますが、ここで増税を果たして政治生命を終えたとしたら、まさに財務省の捨て駒でしょう。

そのあとの国家のビジョンを明確に示さないまま、消費税を上げることだけに血道を上げるのは一国の宰相として浅慮に過ぎると言わざるを得ません。

崖っぷちの野田政権。近視眼的な思考に陥らず、いま国家のために何をなすべきかをもう一度考え直すべき時でしょう。

 

2012年1月12日 (木)

政治をあきらめないで

報道によれば、野田首相は、消費税増税について第2次世界大戦のときのイギリス首相チャーチルの言葉「ネバー、ネバー、ネバー、ネバー ギブアップ」という言葉を借りて、「大義をあきらめず」と言ったようです。

 

しかしいつから増税が民主党の“大義”になったのでしょう。

意地の悪い言い方は本意ではありませんから、野田首相の言いたいことを汲み取って言うと、「財政再建という大義をあきらめない」ということでしょう。

もしそうなら、財政再建のためには“入る”を増やす前に“出る”を抑制するという当たり前のことを忘れていませんか、ということを申し上げなければなりません。

 

どんな家庭でも、家計を引き締めるにはまず出費を抑えることが第一番にやるべきことであるのは当たり前のこと。出るを絞らなければ底に穴のあいたバケツで水をすくっているようなものです。公務員の給与削減にしても国会議員の定数削減にしても、何一つ具体化しないまま国民に増税をお願いするというのはまったくもって順序が違うと言わざるをえません。

「増税の前にやることがあるだろう」という声は、いまや国民すべての声です。

 

最近の世論調査では、政治の現状に「全く満足していない」「あまり満足していない」と感じている人が計85%に上ることが分かりました。

今後の政治についても「悪い方向に進む」「どちらかといえば悪い方向に進む」との悲観的な見方は合わせて65%にもなります。

 

「政治のどこに問題点があるか」という質問には「政党・政治家」が断然トップにあげられ。不満の理由では「政治家の力量不足」「国民の意思が反映されていない」「政局優先の国会」など厳しい指摘がされています。

政治主導と言いながら官僚にやられっぱなしの民主党政府は、政権を取った時のマニフェストを反古にするどころか、まったく真逆の消費税増税を“大義”と言い出す始末です。まさに「力量不足」にして「国民の意思を反映しない」政治といえるでしょう。

 

成人式を迎えた新成人へのアンケートでも、日本の未来は「暗い」と答えた人が16.6%、「どちらかといえば暗い」が63.2%、合計するとなんと79.8%にもなります。その理由として目立ったのが「政治家に期待できない」というもの。ここまで若者を失望させてしまったことについては、政治に携わるすべての人間が真剣に受け止め反省しなければなりません。

 

恐れるのは、この絶望があきらめに変わって政治を見捨てる人々が増えることです。

これまでも投票率の低さに現れているように、政治に対する無関心層は多く存在します。その人たちは本当にもともと無関心だったのでしょうか。私は政治に期待しながら裏切られ、絶望した末に関わりを断ってしまった人々も少なくないと推測しています。

 

民主党のマニフェストを信じて政権交代を望んだ人々が、自分たちが推した政権に手ひどい裏切りを受けて何も信じられなくなってしまう気持ちは分かります。しかし、政治を見捨てる人々が増えれば、日本は今以上に悪くなってしまうということをどうか忘れないでください。

 

「ネバー ギブアップ」をお願いしたいのは国民の皆さんの方です。

どうか政治をあきらめないでください。民主主義では粘り強く「よりましな選択」を重ねていくしかないのです。

すでに国民の信任を失ってしまった政権に対して「NO!」と言える日は、それほど遠くないはずです。

 

 

2011年12月14日 (水)

ブレる野田政権に信頼なし

報道各社の世論調査で、野田内閣の不支持率が支持率を上回り始めています。

確かに発足当初は前の首相があまりにも不人気だったため、その反動もあって実質以上に高い数値が出ていたのかもしれません。

野田政権は9月のスタート時には読売で65%、朝日で53%と過半数の支持率でしたが、その後ずるずると下がり続け、11月には支持35.5%、不支持36.0%(時事)と逆転しました。

その後、一川防衛相のあまりにもお粗末な失言問題に対して参議院で問責決議が可決されましたが、野田首相は罷免を拒否。さらに山岡大臣のマルチ商法への関与に関して同じく参議院の問責決議が可決されても野田首相は両大臣を続投させる考えを表明しました。

野党の追求を逃れるため、野田首相は成立を目指していた公務員給与削減法案と郵政改革法案、労働者派遣法改正案など重要法案を断念して、9日に臨時国会を閉じてしまいました。

特に公務員の給与削減は震災の復興財源の裏付けともなる施策でもあり、自らが身を削って国民に税の負担を求めるという意味でも、政府としてはぜひとも成立させたい法案であったはずです。

結果として一川、山岡両大臣を守り、あと少しだけ続投させるために重要法案を放棄してしまうというのは責任ある政党としてはあり得ないことです。

誰もが指摘しているように、野田政権は党内融和を最優先して危ういバランスの上で成り立っているわけですが、そのためにこうもブレるというのではどうしようもありません。

臨時国会が閉幕した9日以降の調査ではNHK、朝日、読売などで不支持が支持を上回り、特に朝日では支持率が31%と、危険水域といわれる2割台目前になっています。

TPPの時も、当初野田首相は「交渉に参加する」はずでしたが、最終的には「交渉参加に向けて、関係国と協議に入る」とあいまいな表現に後退しました。

「事前協議には入るが、うまくいかないなら撤退する」と言い張れる余地を残し、党内の強硬な反対派と妥協したわけです。

もちろん、TPPについてはあまりにも説明不足でもっと情報提供と議論が必要なことは言うまでもありませんが、それは別として、厳しい局面に対すると土壇場でブレる野田政権が、国民の信頼を失いつつあるのは間違いありません。

財務大臣時代に円高が進んでも「注視している」としか言わなかった人ですから強力なリーダーシップを求めるのは無理なのかもしれません。

しかしこの大変な時期にこうも不適当な宰相が続くというのは国の不幸と言うしかありません。

国民はもう一度リーダーを選び直すチャンスが欲しいと感じていると思うのですがいかがでしょうか。

2011年11月14日 (月)

国民に説明しない野田内閣

113日から始まったG2020カ国・地域首脳会議)で、野田首相は「2010年代半ばまでに消費税率を段階的に10%までに引き上げる」との方針を表明しました。

しかし、消費税増税に関して事前に国民に信を問う事はなく、選挙を実施するとしたら「法案が通って、その後増税を実施する前に信を問う」という考えのようです。

果たしてこれは「信を問う」と言えるのかどうか。むしろ相談なしに勝手に決めて、あとからつじつま合わせをしようとしているようにしか見えません。

確かに、財政再建は重要な課題です。

今回のG20ではギリシャのデフォルト危機回避のための支援策で終始してしまいました。もしギリシャが破綻にでもなればギリシャ国債を持っている世界中の銀行が深刻な事態に陥り、世界的な金融危機が起きるかもしれないからです。さらにヨーロッパ第3位の経済規模を誇るイタリアまでもIMFの厳しい監視を受け入れる事になりました。

財政危機に陥っているギリシャやイタリアの債務残高はそれぞれギリシャがGDP157.1%、イタリアが129.0%です。

これに比べて日本の債務残高はGDP212.7%です。ギリシャやイタリアに比べてはるかに高い債務残高でも、日本がまだ破綻しないのは発行されている国債を国内の貯蓄で引き受けているためです。しかしそれにも限度があり、日本も早く財政を健全化しなければ破綻に陥るのは目に見えています。

消費税の増税というのも、税収を増やして破綻を防ぐための手段で、最終的には必要な事なのかもしれませんが、その前に徹底したムダの削減などできる事は山ほどあります。その上で、ここまでやりましたがまだ足りませんとお願いするのが筋でしょう。

国民へのメッセージがなさ過ぎます。

国内で本気で国民を説得する事を怠って、いきなりG20で国債公約してしまうというのは、あまりにも拙劣なやり方です。

野田首相は「安全運転」と言いながら舌禍事件を怖れて何も発信せず、まるでどじょうのように泥に潜って息をひそめているようです。

そのくせ、海外に出かけては消費税10%とぶち上げ、次はAPECアジア太平洋経済協力会議)でTPP参加を表明しようとしています。

どうして国内の議論を尽くさないで、こういう暴走をするのか理解できません。

思い起せば、鳩山元首相は「温暖化阻止のためにCO225%削減する」と海外で唐突に宣言しました。

菅元首相は「平成の開国」と言って、TPP参加を突然表明しました。

普天間問題も同様です。

玄葉外務大臣が、当時の鳩山首相の「県外移設発言」を誤りだったと言ったり、それを野田首相が「誤りだったと言ったのは誤りだ」と言ったり。

結局、野田首相は沖縄を一度も訪問すらしないで、沖縄の頭越しに辺野古回帰を決めようとしています。

民主党という政党はコミュニケーション能力になにか問題がある党なのかと疑ってしまいます。

「安全運転」とは何も言わず何も決めず、波風が立たないようにやり過ごす事だったようです。

その結果、もの言わぬ総理、発信なき総理に対する不信感は高まり、野田内閣の支持率は471%まで下落しました。前回の10月調査より75ポイント減です。

TPP参加問題をめぐった世論調査でも、参加した場合の影響を政府が「説明していない」との回答が782%もあり、「説明している」の171%を大きく上回っており、政府の姿勢に強い不満を感じている事を示しています。

これまでの野田首相の処世術は「何も決断しない」を基本としていたようですが、この先はそれでは通りません。

明確な決断と、それについての十分な説明がなければ、野田内閣は早々に行き詰まるでしょう。

2011年10月20日 (木)

野田政権、支持率の実態

政権発足直後、日経新聞のアンケートで、「あなたは野田内閣を支持しますか」という問いに「支持する」と答えた人は67%でした。前内閣の支持率19%と比べると驚きの回復ぶりです。

しかし、その支持の内容をよく見ると、おやっ、と思うところがありました。

「支持する」と回答した人に、支持する理由は何ですかと質問すると、最も高い理由が「人柄が信頼できる」の50%だったからです。

それにひきかえ「民主党中心の内閣だから」はわずかに13%。

つまり、野田政権の人気は民主党という政党に対する支持ではなくて、「どじょう総理」の人柄という、非常に感傷的な理由による支持だったのです。

確かに野田首相が自身を「どじょう」に例えた演説の効果は大きなものがありました。分かりやすいし、人の心をとらえる何かがあったのだと思います。

広く人々に親しまれているあいだみつをさんの言葉を引用したというのもうまいやり方でした。

マスコミはこのようなキャッチーなキーワードが大好きです。

代表選の翌日からテレビも新聞も「どじょう」で持ち切りでした。

毎度おなじみの光景です。わっと飛びついてよってたかって消費し尽くし、飽きたら簡単に捨ててしまう。

「どじょう人気」もまた同じ途を辿ろうとしているようです。

民主党の代表選の時のエモーショナルな演説を聴いて、ああ、この人はこういう情緒に訴える演説が得意なんだなという感想を持ちました。

しかしその後、国会の所信表明演説では官僚の作文のような内容に終始し、短期間だけ開かれた臨時国会でも守りに徹した答弁ばかりが目立ちました。

時事通信社が実施した10月の世論調査では、野田内閣の支持率は42.2%まで下がっています。安全運転に徹して発言を控える野田佳彦首相の姿勢や、調査直前に小沢一郎民主党元代表の初公判があったことなどが支持率に影響を及ぼしたといわれますが、もともと野田内閣の支持率は野田首相個人の人柄に対してのものであり、民主党を支持しているわけではないのです。その人柄に、国民は早くも飽きてきたのかもしれません。

人の気持ちはうつろいやすいものです。

個人に対する支持率なら、状況次第でコロコロ変わります。

野田首相は10月から削減されていた国会議員の歳費を元に戻しました。またあの前首相でさえ辞退した総理大臣手当も満額受け取っています。

身を削る努力をしないで、増税の方向に進む内閣を支持する国民は少ないのではないでしょうか。

口のうまさは、ある瞬間から強い反発を招くようになります。

それは「言っていることとやっていることが違う」と気づかれた時です。

甘いささやきも実態が伴ってのことなのです。

すでに内閣発足直後の期待感は薄れ、「どじょう」への好感度も怪しくなってきました。

手遅れにならないうちに、膨らんだイメージと実態を少しでも近づける努力をしないと、あっという間に野田首相は見離されてしまうでしょう。

このままでは、風船のはじける日はそう遠くないような気がします。

2011年10月 3日 (月)

「頭がいい」と「賢い」の違い

普通、「あの人は頭がいい」と言うとイコール「賢い」という意味にも使われるようですが,ちょっと違うようです。

「頭がいい人」という言葉には、「いろいろなことを知っている」、「学校の成績が良い」、「記憶力が良い」、「一流の大学を卒業した」などに当てはまる人をさすような気がします。たとえば官僚とか,弁護士とか一流会社の社員といった人はほとんどこの条件に当てはまるのでしょう。

しかし、本当にそのような人たちが「賢い」のかというと、どうも違うのではないか。最近の出来事を見ているとそんな気持ちが強くなってくるのを抑えることが出来ません。

国会でも追求された「東電の損害賠償申請書と解説書」のことです。

報道によれば、請求のための申請書類は約60ページの冊子になっており、それに「補償金ご請求のご案内」と書かれた156ページの分厚いマニュアルがついているという膨大なもので、しかも損害賠償申請書は1人につき1冊ずつ。家族が4人居たら4冊書かなければなりません。

原発被害者は高齢な方も多く、マニュアルをしっかり読んで、きちんと賠償請求書に間違いなく記入できる人はごくわずかでしょう。

被害者の中には「これは嫌がらせか」という声も多く上がったそうです。

この問題は、国会でも野党から厳しく追及され,政府も東電に対して早急に改善するよう申し入れたそうですが、問題はなぜこんなことになるのかということです。

東電の担当者も損害賠償請求書やマニュアルづくりに関わった弁護士たちも、「頭のいい人」のはずです。おそらく優秀な学校を出た優秀な人ばかりでしょう。

その頭が良くて優秀であるはずの人々がこんな愚かなことをするのはなぜでしょう。

多分、世間一般で言う「頭がいい」というのは「賢さ」とは違うのでしょう。

本当に賢ければ、そんな膨大なページ数の損害賠償請求書やマニュアルを送りつけたら、被害者がどう思うかぐらいのことは想像できるはずです。

その結果、マスコミが取り上げ、非難の声が起こり、東電の立場がさらに悪くなることぐらいちょっと考えれば分かることでしょう。

そんなことが想像できないというのは考えられません。

おそらく何かのせいで目が曇ってしまうのでしょう。

自分の社内での立場、クライアントの要求には逆らえない。そこに想像力の欠如と相手を思いやることのできない自己中心的な心が加わると、このような愚か者が出来上がるというわけです。

事にあたってはひとりの人間に立ち返り、想像力と思いやりを持って、何が正しい事なのかを判断する。

頭のいい愚か者になるなかれ。

まさに、政治家としても肝に銘じるべき事です。

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