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2011年9月

2011年9月13日 (火)

ノーサイド人事の破綻

鉢呂経済産業相が、福島第1原発周辺を「死の町」と表現したことや、現地視察後に、着ていた防災服の袖を取材記者の服になすりつけて、「放射能を分けてやる」などと言ったなど、不適切な言動の責任を取って辞任しました。

就任からわずか9日後のことでした。

本人の釈明によると真意は別のところにあるということですが、その言い訳は通用しません。言葉は政治家にとって命であり、もし間違った捉え方をされたとしたら、それはそのような言い方をした方が悪い、というぐらいの覚悟が必要でしょう。

何よりも、「死の町」と言った人物が、この事故に重大な責任を持つ経産省のトップであった、というのが致命的です。経産省をはじめとする政府は、住民ができるだけ早く帰宅できるように全力を挙げることこそが仕事なのですから。

「放射能を分けてやる」発言に至っては心底あきれました。いまどき小学生でもそんなことは言いません。差別につながるからです。

京都の大文字焼きで、陸前高田の松を燃やすことに反対した人々や、福岡のイベントで福島の農産物を販売しようとしたグループが中止に追い込まれるなど、放射能に対する過剰ともいえる反応が続いています。

他の地域に避難した福島の子どもたちが学校で「放射能がうつる」などと差別されることがあるという報道もありました。

それと同じようなことを想起させる言動を、当事者である経産省のトップがとるというのでは、もはや救いようがありません。冗談ですまされる問題ではないのです。

野田政権は「ノーサイド政権」だと、前回のブログで書きましたが、党内融和だけを考えた人事のほころびが次々に現れています。

「安全保障には素人だ。これがホントのシビリアンコントロール」などと平然と公言した一川防衛相。マルチ商法の業者から献金を受けていた山岡消費者担当相。G7に出席しながら円高阻止に何の手も打てず手ぶらで帰ってきた安住財務相。鉢呂氏の後任には「ただちに影響はない」を繰り返して国民を不信の渦に巻き込んだ枝野前官房長官。

「ノーサイド人事」で党内融和だけを考え、不適材不適所の配置を行った結果がこのありさまです。

前の首相は自らの内閣を「仮免内閣」と言いましたが、どうやらいまだに民主党内閣は仮免のままのようです。なにしろ、当の国対委員長が「内閣ができたばかりで態勢が不十分」というのですからお話しになりません。

いずれも野党にとって見過ごすことの出来ない問題ばかりなのですが、我々にとってはそれを追求していると問題が多すぎて政治が前に進まないというジレンマがあります。

いま最優先すべきは地震被災地の復興であり、原発問題の終息を目指すことなのですが、野党が足を引っ張らなくても、政権が勝手につまづいてばかりいるわけです。

日本のことを本当に考えるなら、民主党は潔くギブアップをするべきなのかもしれません。

2011年9月 5日 (月)

ノーサイドでは進まない

閣僚の顔ぶれも決まり、いよいよ野田内閣がスタートしました。

マスコミ(特にテレビ)はとりあえずご祝儀相場であまり厳しい声はまだ聞こえてきませんが、前途は多難な船出です。

なによりも野党時代に「政権のたらい回し」とさんざん非難してきた民主党が、選挙を経ないで3人もの総理大臣を誕生させるという矛盾を平気でおかしているのですから、お話しになりません。

それでもおおむね首相交代が好意を持って迎えられているのは、辞めると言いながら3ヶ月も居座り、原発事故対応と震災復興の大きな障害になってきた前首相がやっといなくなってくれたという安堵が大きいためでしょう。

前首相は国会答弁やブログなどで「一定の成果を得た」とか「満足している」とか自画自賛していましたが、今後は特に原発事故などに対する対応の検証で厳しく追及されるべきでしょう。

アメリカ大統領ジョージ・ブッシュは記者会見で、「9.11の後、あなたが犯した最大の過ちは何か。またそこから学んだことは」と質問されて答えに窮する場面がありました。しかし、それでも彼は「私は過ちを犯したことははっきり自覚している」と答える程度の誠実さはありました。

何年か後に、記者から「あなたが震災後に犯した最大の過ちは何か、またそこから何を学んだか」と聞かれたら、あの人はいったいどう答えるのでしょう。

民主党代表選挙の候補者演説は、どれも感情に訴えるようなものばかりで、民主党内部に向けた内向きなものばかりでした。事実上の首相を決める選挙で語られることが、ほとんど国家のビジョンとは無関係であったというのは驚くばかりです。

「どじょう」のくだりは輿石氏の大好きな「あいだみつお」さんの一節なようですし、「解散はしない」という言葉は、次はないということを知っている新人議員たちの心を掴んだことでしょう。

当選直後の挨拶では「ノーサイドにしましょう」という言葉もありました。しかし、政治家が「選挙が終わればノーサイド」では困ります。政治はラグビーとは違うのです。

政治家は誰しも主義主張があり、それを実現するために政治活動をしているはずです。また支持者もそのような政治家を応援しています。

それがノーサイドで政策も何も妥協するということにしまったら何のための国会で何のための政党かということになってしまいます。

まずは混乱する党内を収めてそれから政策実現を、という野田氏の気持ちは分からなくはないですが、そんなレベルからやり直さなければならない政党が政権を取っているというのがそもそもの間違いです。

勘違いの「政治主導」をやめることは官僚の言いなりになることとは違うのですが、この辺もノーサイドということで、グズグズになりそうです。

また三党合意を遵守すると言いながらマニフェストに固執する党内勢力ともノーサイドにすることで、政策の矛盾がすぐに現れるでしょう。

野田内閣がまずやるべきは、前の首相のために遅れに遅れた震災と原発被害への対応を優先し、復興に全力を尽くすことなのですが、右顧左眄する「ノーサイド政権」では、それもおぼつかないのではないかと危惧します。

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